アイスコーヒーはミルク入り:二人の時間
いきなりの歌い出し。
うちへやってきた彼はおつかれ気味。
低いソファ 腰下ろして
あなたひとつため息つく
佐藤瑛のつぶやくたったこの2行で、二人の関係が「緊迫した恋愛ゲームの真っ只中でない」ことがうかがえる。
もしかしたらこの二人は、ただならぬ恋のあと、別れた二人かもしれない。
もしかしたらこの二人は、同じ職場の違うフロアにいるのかもしれない。
いろんな妄想が沸き起こる。
低いソファの前の、低いテーブルに置かれる「アイスコーヒー」
黒と、ミルクの白が混ざり合ってゆく。甘い瞬間。
このアルバム中、一番セクシャルな香りと、言葉のない甘い時間を引き連れてくる。
アイスコーヒーはミルク入り:熱を帯びた体に流れ込む
例年になく暑い日。
太陽に照らされて熱を帯びた体。
熱を、冷ます歌。
燃え上がる恋の歌は数多くあるけれど、暑い体を冷ます歌。
恋に身を焦がしているのかもしれないけれど、この火照りを「夏の太陽のせい」にしてしまう。
「暑いね」とささやき合う。
癖になってしまうよ
あなたが私に示す態度は足りない日々を埋めていくから
この不倫感。体の芯に訴えかけるフレーズ。佐藤瑛が持つ甘さの真骨頂だ。
また一曲目の「溺れるような錯覚の中で」にループする。
「愛の甘さと苦さ」を表す。
アイスコーヒーはミルク入り:優しく混ぜてゆっくり溶けてゆく
男がコーヒー。女がミルク。もしくは逆。
優しく混ぜることによって、お互いに影響しあい、溶け合う。
甘さと苦さが溶け合う。
アイスコーヒーに浮かぶ氷が、カランと音を立てる。
青い海 駅降りて
人の波 聞こえた歌
今もこの胸蘇る
あの夏の日を思い出す二人。
佐藤瑛は「長い時間をかけて、思い出を重ねてゆく二人」の姿を描く。
豊かで、甘くて、奥の方は少し苦い。
彼女の書く短編集は幕を降ろす。