佐藤瑛「HikariSt」全曲レビュー:01【溺れるような錯覚の中で】

溺れるような錯覚の中で:愛を言葉で語らない二人

 

まだ肌寒いはずの川沿い
フライング気味な春の花

 

早春。川沿いを歩く二人。彼はポツリポツリと話し、彼女は頷く。
言いたい事や聞きたいことは、山のようにあるのだけれど。
言葉が二人に介在すれば、「白か黒か」をはっきりさせてしまう。
それが怖い。
今は、それが怖い。

溺れるような錯覚こそが「自分ではどうすることもできない」恋の感覚。
手足をばたつかせ、息も絶え絶えになって、ゆっくりと沈んでゆく。

甘美な絶望が香り立つこのスローなナンバーから「HIkarist」は始まる。

 

溺れるような錯覚の中で:肉体感覚を持った大人の世界

 

顎をひかれて 顔が近づいてきたトキ

 

嬉しくてたまらないはずの口づけや抱擁がどこかさみしさと寒さを感じさせるシーン。
二人は決して交わることのない世界にいる。
お互いに触れてはならない秘密があり、それこそが熱く燃え上がる。
夕闇は夜になり、朝になる。

二人の時間は過ぎて、カーテン越しには外の世界が広がる。
誰か他人の「幸せのかけら」が転がる世界なんて見たくない。

 

溺れるような錯覚の中で:ドウカシテシマウ

正しい・間違い。それは一体誰が決めるの?
佐藤瑛は結末のないドラマを描きながら、問いを投げかけてるようだ。

常識に身を任せて、無感覚の海を泳いでいけたら、何も気づかずに幸せかもしれない。
でも、気づいてしまった。
二人は、世界の果てに辿り着く、
官能的なラブシーンの連続は夢のようで。
でもはっきりと崩れてゆく世界が描かれている。

同化してしまう。
ドウカシテシマウ。

二人は溶け合う。

 

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溺れるような錯覚の中で:優しいギターとシンプルなリズム

佐藤瑛の「HIkarist」はこの甘くて、苦いラブストーリーから始まる。
タクシーの中。砂浜が見えるホテル。カーテン。
シャツ。ネオン。
散りばめられる二人の痕跡。

間奏で控えめなキーボードが彩りを指すけれど
このサウンドの真ん中にあるのはゆったりと沈んでゆくギター。
ループするコード進行。
明日のない世界を何度も回る。

切なくかすれた声で
もう明日のことなど考えられなくなってしまうと佐藤瑛は歌う。

 

全くの創作なのか、実体験を交えたものなのかは謎だ。
静かで、ドラマチックな悲しみを抱いたこの曲を一曲目に持ってくる佐藤瑛。

まさにストーリーテラーである。